向いてる、向いてないとは
「私は○○に向いている」
「あなたは○○に向いてない」
とか、よく言いますよね。
なにかが得意だったり、上手くできることがあったりすると、向いていると言われる。
なにかが苦手だったり、思うようにできないことがあったら、それは向いていないと言われる。
その「向いてる」「向いてない」です。
それについてふと思ったんですけど、
それって、
「自分が本来進むべき方向に向いているか、向いていないか」
という意味が込められているんじゃないだろうか?
そう思ったんです。
ふとした時に、唐突に。
それが、
「私は○○に向いている」
「あなたは○○に向いてない」
といった表現の裏に隠れている意味なんじゃないかと。
どちらも同じ漢字を使いますしね。
そう考えると、
自分の適性とか生まれ持った能力みたいなものは、
じつは自分の成すことを教えてくれている羅針盤のようなものなんじゃないかと思えてくるのです。
いわゆる「使命」みたいなものでしょうかね?
「役割」とも言えるかもしれません。
僕は、すべての存在には「役割」があると思っています。
どんなにちっぽけに見える存在でも、
どんなに悪い存在に見えても、
みんな役割があって、
いまそこに存在しているのだと。
でも、僕もそうなんですが、自分の役割がなんであるかを、自分でわかっていない人も世の中にはたくさんいるんだと思います。
そんな人たちに言ってあげたいなと、
急に思ったんです。
「あなたの得意なことをやっていきましょう」
って。
苦手なことをがんばってやらなくてもいいんじゃないでしょうか?って。
自分が進むべき方向と違う方向へ進んでも、そこに自分の幸せがあるとは限りません。
そもそも、そっちにはうまく進めないのだと思います。
自分が本来進む方へ進んでいけば、きっと楽にいけます。
そして、きっとうまくいく。
日本語って、本当に不思議ですね。
なぜその音なのか。
なぜそう書くのか。
深く思いを巡らせると、
いろんな発見や気づきがあらわれる。
そんなことをふと思った、
早春の夜。
時間とはなんぞや?
温かい日差しの中、公園をプラプラと歩いている時でした。
そのとき不意に僕は思ったんです。
「時間は有限」とよく言われているけれど、それってつまりどういうことなんだろう?って。
ホントに唐突ですが(笑)
それで思案を巡らせながら公園の中を徘徊しているうちに、「時間の終わり=死んだとき」だよねと考えたんです。
と言うことは、時間というのは寿命そのものだと言えるのではないか、と思ったのです。
そうです。
「時間 = 寿命」
なんです。
そう思い至った瞬間、時間を無駄にすることがなんだか急にヤバいことのように思えてきました。
自分の寿命を無駄に減らしていると言うことですからね…。
もったいない!
時間に対する認識が僕の中で変わった瞬間でした。
「時間 = 命そのもの」
そう思って、少しの時間も雑に扱わず大切に使いきっていきたいものです(なかなか出来てないんですが…)。
と、建国記念日に想いを馳せてみました。